おかしな話し方を止めてほしい

2015.4/21(火)、曇り ジジー放談です。最近のおかしな表現で、止めて欲しいものがあります。

●させていただきました・・・最近は、いろんな人達がこの言い方を気楽に使い過ぎると思います。私の記憶では何十年か前、竹下首相が頻繁に使っていたのに対して違和感を持った記憶があります。へりくだって遠慮がちに言うのではなく、正々堂々と自分の信じる政策を発表すればいいのになと何度も思った記憶があります。「安全保障政策を実施することにいたしました」で良いじゃないですか。「安全保障政策を実施させていただきました」と言われると、「本当は別のが良いのだがそれが無理なのでこれでカンベンしてください」と、よほど自信のない政策か、それとも何かバカにしてるのか、と文句を言いたくなります。
「消費税を8%に上げさせていただきました」などはおかしい。「消費税を8%にしました」と言えばよいこと。「事故が多ので信号機を設置させていただきました」、「禁固3年にさせていただきました」なども無用な言い方だ。

●感動を与えたい・・・運動選手が使う事が多く、おかしくて吹き出しそうになります。運動選手でも、真央ちゃんや羽生くんは言わないような気がする。正しい表現は「感動していただけるように頑張りたい」程度ならよかろう。一番良いのは「皆様に喜んでいただけるように頑張りたい」だろう。

※「予選は1位で通過させていただきましたので、決勝でも感動を与えたいと思います」となると・・・メチャクチャ

●自分は○○が持ち味なので、・・・これも運動選手が自ら言っているのを時々聞くが、おかしい。「自分は○○が得意なので」とか「自分は○○する傾向があるので」などでよろしい。

●ある意味で・・・口癖のように頻繁に使われると聞きづらい。複数の見方があってそれに言及した方が良い場合で、さらに何を言おうとしているのか聞く人が簡単に想像できる場合ならば言って良いと思います。しかしそうでない場合や、場所・時期・場面を構わず頻繁に使う人に出会うと、いろんなことを考えているんだと自分を高く売りつけようとしてるんだな、と考えてしまいます。そういえばしばらく前、政治家の中にもいましたね。

●号泣・・・涙ぐんだ程度のことで号泣とは言わないでほしい。号泣とは、”大声をあげて泣くこと。泣き叫ぶこと。「遺体にとりすがって―する」”、と辞書に書いてあります。涙ぐんだ程度のことで号泣と言ってると、本当に号泣した場合の言い方がなくなります。もっとも、大したことでもないのに必死で、などと言うこともあるが、必死も気楽に使いすぎちゃいけませんね。

●こちらが○○になります・・・ほとんどの場合、可笑しくなり、時には笑い出しそうになります。レストランの若い店員から「こちらがチャーハンになります」と言われると「あ、そう、今からだんだん焼けてきてチャーハンになるの?」等と言いたくなります。
 似た言い方で、私が理解できずに何度も聞きなおした実際にあったハナシ;歯科受診を終えてお金を払ったとき「次は予約になりますね?」だったか「次の予約になりますね?」と語尾を上げて言われた時、何を言ってるのか理解できず、3回位も「えっ」と聞き直してしまいました。

●パンツ・・・ズボンのことをパンツと言わないでほしい。「きのう、会社に赤いパンツで行ったら課長が驚いてた」等と言われると、どんな場面を思い浮かべれば良いのでしょうか?
 運動するとき、「パンツを脱いでトレーナーに着替えてください」と言われると誤解する人がいそう。病院では尻っぺたに筋肉注射するとき「パンツを脱いでください」と言わないだろうな。
ちなみにズボンの語源はフランス語のjupon(ジュポン)が最有力らしいです。

もっとあったけど、そのうちに書きたします。

通信販売の返品

2015.3/13(金)、晴れ 私はときどき通販を利用しますが、最近アマゾンとDoClasseという2つの通販において、残念なことに返品の事態が発生した。ところが、2つのケースとも極めて円滑な対応をいただき、嬉しくなったので書いておきます。

 まずアマゾンは、出品してある会社の説明不足で私の持っている電子機器に合わないコネクタのものを発注してしまいました。返品を申し出ると出品の会社からは、「発注が間違ったのだから返品は受け付けない、アマゾンに返品してほしい」という主旨の連絡がありました。私は反論して、「説明が悪い。類似製品の別会社は違いが分かるように明瞭に書いてある」と書き送りました。アマゾンもこのメールはみているのかもしれません。
 アマゾンに返品を申し出ると、「返品を受け付ける、機器の不具合なら着信払いでよいが、発注の間違いなら送料は元払いで送れ」とのことでした。私は、出品会社の説明不足なのだから送料は着信払いでお願いしたいと申し込みました。
 そして返送したのですが、ところが、返送するとき私は自分の主張と違って、送料を払ってしまいました。そうしていたら、数日後、アマゾンから荷物を受け取ったとの連絡と共に、品物代金の返金と共に私が支払った送料も戻すと言ってきました。さすが、アマゾン。

 DoClasseで衣料品を買いました。ところが広告の写真と文章ではものすごく欲しいものに見えたのですが、品物を受け取ってみると私の期待に合わないものでした。同じようなものは持っていましたし、また2,3の付属的な問題もありました。返品は電話で申し込め、と書いてあるので電話したら、「返品の申し込みですね、では今かけている電話はフリーダイヤルではないでしょうから、電話代金がかるからこちらからかけ直す」と言って、改めて先方から掛けてきました。
 先方からの電話で返品の理由を聞かれましたが、反論的なことは全くなく、素直に受け入れてもらいました。驚いたことに、私が言った付属的な問題点の1つを取り上げ、「それは製品が悪かったので返品の受け取りに行く、返送代金は不要」という主旨の話がありました。私が主な理由とした「私の期待に合わない」というのでは私が間違って発注したことになり、返送代金は私負担になるのだろうな、と思いました。
 私は返送のためにクロネコヤマトに持っていこうと思っていたのですが、「2日後以降の都合の良い日・時間帯に受け取りに行く、送り先の伝票はクロネコが持っていく」と言うのです。下の写真は、その2日後、クロネコヤマトが持ってきて渡してくれた受け取り証です。DoClasseという会社、ちゃんとしている会社のようです。
D150316(1)

 後始末を良くすることが、その後の営業に影響すると見越しての対応と思いますが、そういうことは分かっていても感激しました。また買いたくなりました。(アマゾンはすでに別の物を注文しました。)
日本には良いことわざがあります。「情けは人のためならず」

運のいい政治家とは?

2015.2/1(日)、晴れ ジジー放談です。安倍首相のことを運のいい政治家だと言う人がいました。またその人は、政治家にとって運の強いことが一番大切だとも言いました。確かに、原発停止でエネルギー確保のために外貨を使わねばならない状況になったら原油が大幅に安くなって助かりました。消費税を上げても何とか景気は拡大し労働者求人は増えています。
(この記事は安倍首相の支持・不支持を言っているのではありません)

 政治家の運とは何かと考えてみました。数年にわたり国政のトップをあずかっていれば、その間には地震や洪水がおきることは日常茶飯ともいえるくらいあるのが、日本です。また、原発も大小の事故があったり、外国からの不当な要求や干渉があったり、安全保障環境やエネルギー事情がガラリと変わる場合もあります。私は最初、運がいいとか運が強い政治家とは大きな問題がなかったとか、大事件が良い方向に起きる人を言うのだろうと、漠然と考えていました。しかし、最近気がついたのですが、どうもそうではなさそうです。

 政治家の中には、問題への対応策や言動が批判され、任期はあるが人気がないとして途中で交替せざるを得ない人がいます。その一方で、一定の批判はあるものの、次々と施策を実施して数回の選挙を乗り越えて長期政権を維持する人がいます。前者が運の悪い人、後者が運のいい人・強い人と言われるようです。

 最近気がついたのは、発生した問題を旨く切り抜けられた人を運の強い政治と言うのではないか、ということです。まず、旨く切り抜けるには取り組みが真摯でないといけません。少なくとも国民からそう見られるようでないといけません。にやにや笑って「大臣は3つ覚えておけばよい」とか、その場しのぎのマスコミを喜ばせるような軽はずみな言動では足元をすくわれます。

 大きな事件が起きないのが運の良い政治家ではなく、その対処法で運の強い政治家かどうかが決まるのではないかと思います。難しい問題であっても、国民の理解できる言葉で説明し、真摯に問いかけ行動し、よりましな決断をしたと思わせることに成功した人が運の強い政治家だと思えます。このことを、運を引き寄せる、と言うことができるかもしれません。逆に運の悪い政治家とは、問題が起きたときに国民が納得するような行動を取れなかった人でしょう。回りの状態を考えずに、自分の目的や理想を言い続けたり、反対に回りのことばかり気にして迅速な行動を取らなかったり、さらになぜそうせざるを得なかったか納得できる説明ができない人でしょう。

 そう考えると、大事件の発生は政治家にとって自分の行動や価値を示せるチャンスと言えます。そう考えると、大事件の起きない場合の政治家は運の悪い政治家になりかねません。しかし本当に運の強い政治家と言われる人は、何も起きなかった場合には、自分がいたからそうなったのだと国民が考えるように行動できる人なのでしょう。運の悪い政治家は、何も起きなかった場合は、だから自分の出番が無かったとグチグチ言うのかもしれません。

 これからも、大地震や原発を含む大事故、大きな自然災害、景気悪化、外国からの干渉、国家安全保障に関わる事件などなどいろんなことが起きるでしょう。諸外国を巻きこんで、国民が長期的に安全に安心して、自尊心高く生活していける国作りのできる、運の強い政治家に頑張ってほしいものです。

やはり面倒なスマホ

2015.1/13(火)、晴れ スマホはやはり面倒。なんといっても電源が面倒。娘が言うには、毎日充電は常識、わたしゃ2回もやってるよ、とか。

LINEというのは、自分の書いたものが時系列で見えるのが良い所ですが、見え過ぎる難点も。また入力欄が狭過ぎて、長い文章を書くには不適な感じ。これでは、ツイッターもそうですが短文の文化になってしまいますね。単発の意見だけでなくもう少し言葉をつないで意志表示するようにしないと問題が起きそうな気がします。思索などと大げさな事を言うつもりはありませんが、考える力も内容も短文化していくようで怖いですね。自分達の意見を信じない者を永久排除するとか・・・。真実は極端には無くて中庸にある、というような意見が通り難くなりそうな怖さです。

政治などの世界まで短文化しないことを祈ります。自国の問題そらしとか国内の団結のために、「○○の問題は○○国が悪いから」と、ねじ曲げた事実を短文で明快なメッセージとしてくり返し流して国民を誘導し、世界に間違った印象をばら撒く国があります。昔はナチスとか、今は・・・。

パソコンに、「スマホ2台とガラケー1つ、合計3台持ち歩いている、ちっとも生活が便利になった気がしない、ガラケーが使い易い、ガラケーっぽいスマホが出そうで期待している」という記事が配信されてきました。ガラホというそうです。たしかに、携帯電話(ガラケー)は手軽で便利。

私は明日、ガラケーに戻ります。

ノーベル賞で思うこと

2014.12/10(木) ノーベル賞は、スエーデンのノーベルさんがダイナマイトの発明で得た収入を元に作られていることは多くの人が知っているでしょうが、次のことはあまり知られていないようです。

ノーベルはダイナマイトの安定化技術を特許出願したのですが、同じ頃に海軍の技官が特許出願しており、どちらが先に発明したのか法廷で争ったそうです。その結果、ノーベルが特許権者と認められ莫大な利益を得ることになったわけです。ノーベルが特許出願しなかったら、また特許裁判で負けていたら、ノーベル賞は世の中に存在していなかったわけです。

日本の大学では素晴らしい研究成果が出ているようですが、お願いがあります。もし、素晴らしい研究成果であれば特許を取って利益を得て国のために役立ててください。税金で研究した人の責任です。安い金で外国人に使わせるなどしないでください。また次の研究者を鼓舞するために使いたいならば、日本版のノーベル賞を作ってください。

パキスタンのマララさんという17歳くらいの女性が平和賞を受けましたが、彼女の言うことは感銘を受ける言葉が多いですね。ストックホルムでも次のようなことを言っていました。
「誰かが行動するのを待つべきではなく、みんなが行動を起こすべきだ」

私はいま団地の自治会の役員で活動しています。ところが、役員は全員が毎年変わるために慣れるために数カ月かかり、次への引継ぎをまとめるのに数カ月かかっています。このため、以前からやってる掃除当番などの消化で精一杯となり、新たな事はほとんど何もしないで済ませています。ところが、そうやって長い間やってきたためにいろんなことが停滞しています。あれもやるべきだ、これもやるべきだと言う人は沢山いるのですが、誰もやりません。

マララさんの言うように「みんなが行動を起こすべき」ですが、私もその一員ですので、私のできることをやってみました。やってみると面白いようにいくつも進みました。とはいうものの、私も昨年までは回覧物もあまり見ていなかったのですが・・・