変化できる種族は生き残る

 

2020.6/26(金)、曇り 「ダーウィンは、唯一生き残ることができるのは変化できる者であると言った」との政治PRの話しが、進化論を知らぬバカみたいに批判されているそうです。私はこの批判は、面白おかしく重箱の隅をつつく議論に思えて仕方がありません。この批判は視聴率稼ぎのマスコミが喜びそうなものです。しかしせっかくの才能とマスコミという手段を持っている方々には、重箱の隅をつつくのではなく、PRが取り上げた内容自体を議論してほしいものです。

なぜ重箱の隅か・・・「者」ということを字面どおりに「1つの個体」と考えれば間違いであることは誰でも知っていることです。例えば、頑張って首を伸ばしたキリンが生き延びたわけじゃなくて、突然変異で首が少し長いキリンが生まれた際にそれが環境に適していたので生き延びることになり、何代かそれが続いた結果現在のように長い首のキリンだけになったことは誰でも知っています。
政治家が「変化できる者」と言ったときの「者」を、遺伝子が変わって首を長くできた子孫を含めた集団、つまり「者達」というように複数形で考えたらどうでしょうか。そうすれば「生き残ることができるのは変化できる者達(集団)」と言えるじゃないですか。 遺伝学者は、「者」は個体であり「者達」とは言ってないから間違いだ、と言うでしょうが、間違った印象を与えない様に注意しましょう、と言えば済む程度の事ではないでしょうか。 

 例えとして、日本を2つに分けて考えてみました。例えば、古い法律を怖くて一切変更できないA国と、状況に合わせるために皆でよく考えて怖さを乗り越えて法律を変えたB国に分けてみます。
生物を構成している細胞は、人間のような意志は持たないので、突然変異によって「でたらめ」に変化した細胞によってできた個体のうち環境に適した者だけが生き延び、適しなかった「他の多くの個体が死ぬ」ことになる。
しかし国レベルの場合は、構成単位が結果を予想して選択できる意志を持った人間なので望ましい妥当な変更をする。だから「でたらめ」に変わるのじゃないので、適さない選択は多くの場合なされず「多くの国が死ぬ」ことはない。
さて、法律を変えないA国と変えたB国はどちらが生き延びるだろうか?
 信長時代のおきてや、江戸時代の武家諸法度や、明治時代の法律を守る国が生き延びられるでしょうか?
 多分、法律を変えられたB国が生き延びるでしょう。A国は国際環境・新技術・国民の意識変化に適合できずやがて国民を統制できなくなり、国民がB国の方式を少しずつ取り入れていくことになり、A国はやがて消えてしまう(淘汰される)でしょう。
こう考えれば「生き残ることができるのは、変化できる者達(集団、種族、国)である」と言えます。そこのところを踏まえておけば、ダーウィンの進化論を持ち出しても間違いじゃないと思うのですが。

どこか間違っていればコメントに書いてご連絡ください。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です