■■■■■メールマガジン;六車技術士事務所■■■■■  2014.3.6

■STAP細胞特許へのささやかな疑問

 小保方晴子たちが発表したSTAP細胞に関して、論文の
写真や文章におかしな点があるとか、製法に関して疑問が出
されています。

 新聞によると、世界のどの機関も再現に成功していないと
のことで理化学研究所は詳細な作成手順をホームページなど
で英文で5日に公開したそうです。その内容としては、新鮮
なリンパ球とか雌より雄が成功率が高い、赤血球が混じると
成功率が落ちるなど、ノウハウともいえるもののようです。

 特許情報に関係する者として、この事態に疑問を感じまし
た。というのは、これに関するPCT特許が昨年10月に公開
(WO2013163296)されています。131頁もあります。
 EPO⇒ http://p.tl/3X2D

 特許出願は、通常の技術者が再現できるように詳細に書いて
おかないと審査をパスできないことは、特許関係者は常識とし
て知っています。
 実は、私は「だから特許公報はすばらしい情報源なのだよ」
と大学で教えています。

 ですから、この131頁には詳細に書かれているはずです。そう
であれば、理研は別の資料を出さなくても「詳細は特許公報を
見ろ」と言えば良かったはずです。それとも、この特許で公開
していないことを公開したのでしょうか?

 そんなもったいない事をしたのでしょうか?

 それとも今回のホームページでの公開の前に別の特許出願を
しているのでしょうか?

 小保方さん達の業績が本物ならば世紀の大発見であるだけに、
取り扱いが心配です。

 ところで、このWO特許を見ると日本は指定国にはなってい
ますが、優先権主張国は日本ではなく米国の2件です。日本語へ
の翻訳も提出されていないようで日本語の公表公報も発行されて
いません。つまり、日本語では詳細を読むことができない状態で
す。

 このような画期的な新技術は、その専門的な研究者だけでなく
多くの人達に影響するはずです。ですから、英文だけでなく日本
語でも早く公開してほしいものです。

 ノーベル賞を取るには欧米に知らせることが大切でしょう。し
かし、新技術の普及とかその技術的思想の理解、敷衍のため、特
許の日本語化も急いで欲しいと思います。

 なお、このWO特許のサーチレポートには、審査で拒絶にでき
そうな近い内容の引例として、出澤真理さん達が先に出願した公
開公報が示されています。これは日本語で読めます。
 特開2012-139246
 EPO⇒ http://p.tl/utxg

 
■昔々、その9・・・     前←  ⇒次

 マドリードの町並みはメリハリのあるゴシック調とでもいうような重厚な石造りで歴史を感じさせました。日本のノッペリとしたコンクリートのビルがいかにも安上がりのものに思われて仕方がありませんでした。

 当時は東京のビルも最近のようにしゃれたものはなく、収容積をいかに増やすかに腐心したようなビルが多かったものでした。敗戦からわずか33年でしたから仕方のない時期でした。そういえば現在は、あの出張からすでに36年も経っています。

 大きな交差点では直交式は少なくサークル方式で、見ていてもきれいでした。日本は最近になって、ようやくサークル方式が導入されつつあるようです。

 最初の訪問国スペインのマドリードを終わり、2カ国目のギリシャに向かいました。直行便ではなく一度ローマに降りましたが、ここでは飛行機からは降りないでギリシャ/アテネに向かって飛び立ちました。


※ホテル前の遺跡。後方の丘の上に見えるのはパルテノン神殿

 アテネの空港に到着したのは夕方。空港で手続きを終えて外に出て見ると、どうした訳かタクシーが見当たりません。バスが来たので、初めての経験だったのですがそれを利用することにしました。

 はげ山に石灰石が露出している典型的なギリシャの風景を見ながら、バスはアテネ市内に向かいます。

 途中で大きなホテルで何カ所か止まったのですが、どうも私の泊るホテルではないようです。最後に着いたところはバスターミナルのような所で薄暗い所でした。タクシーが待っていると思ったらそれもいません。途中の大きなホテルで降りてタクシーを拾うべきだったようです

 人はいるのですが聞いてみてもタクシーは来ないよとか何とか言っています。ここに行きたいのだがと言うと、近いよ歩いて行けるよとか何とか言う人がいるので、車輪付きのトランクと肩掛けのボストンバッグを持って歩きだしました。

 すでに暗くなっているのですが道路の照明はまずまずで、歩道の脇には、ギリシャ時代を思わせる遺跡のようなものがあったり、建物に独特の飾り物があったりして目を楽しませてくれます。ところが目的のホテルは一向に見えません。途中で時々聞いてみると、あっちだ言うので方向は間違いなさそうです。

 今なら、10mも歩くと肩が痛くなりそうなショルダーバッグでしたが、若いというのは素晴らしいものでそれで30分くらいも歩いたように思います。流しのタクシーを捕まえようともしたのですが、風景を眺めるのも楽しく結局延々と歩き続けました。

 JALのパイロット達が泊るホテルだそうです。日本の飛行機がアテネまで行ってるのに少し驚きました。パイロット達以外の日本人はチラホラだったように思います。

 朝起きると、窓の左手の遠くの丘の上に神殿がそびえています。昨夜もライトで照らされていたのですがよく見えませんでした。アクロポリスの丘の上にパルテノン神殿が見えます。本当に、あのギリシャに来たんだ、と感激しました。

 ひとしきり見終わって、ホテルの道路向うの広場を見ると高い柱がいくつも立っています。なんだろうかとよく見ると石の柱のようです。その後、ギリシャ時代の遺跡だと言うことが分かりました。

 数日後その石柱の場所に行ってみました。ものすごい高さの石柱でした。草は短く刈ってあるのですが、いわゆる観光地ではないようで人は誰もいません。ホテルの近くにも遺跡の一部か、新しく作っている途中なのか分かりませんが、石材が放ってあります。

 これらの一つひとつが5000年くらいも前に栄えたギリシャ文化に直結し、現在の西洋文明の歴史につながり、それが回りまわって日本にたどり着いていると思うと、いつまで眺めていても飽きない感じがしたものでした。
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